見つめる音の先には

音楽家/バリトン歌手 春日保人のブログ

レコーディング秘話④

2015年10月、熊本で久しぶりに呉さんと共演する機会がありました。10年振りでした。

呉さんは日本の名だたる名オペラ歌手たちの伴奏で名を成し、Fiorenza Cossottoなどをはじめとするイタリアの黄金期を代表する名歌手たちとも舞台を重ねた人。両親の友人で、僕の物心ついた頃からしょっちゅう熊本の家に来ていました。学生時代にはよくレッスンをしてもらい、僕の音楽の根底には色濃く呉さんの音楽の影響があります。呉さんがいなかったら僕の今はなかったと言っても過言ではないと思います。

そんな呉さんですが、昔はよく弾いてもらっていましたが、僕が古楽を志し、すっかり共演の機会がなくなってしまいました。

しかし、その10数年振りの共演は刺激的でした。歌った曲はAstor Piazzollaの名曲 "Chiquilín de Bachín" とW.A.MozartのCosì fan tutteより "Rivolgete a lui lo sguardo" でした。僕が前日の夜に熊本入りし、1回こっきり通しただけ。それは共演というよりは、競演。いや、もはや試合といってもいいかも知れません。
普通はリハーサルの中で、「このテンポで、ここはrit.して…」など、言葉での打ち合わせをする事が多い中、呉ちゃんとは1回通した中で「ここはこうするのね。おっと、そう来たか?!」と言葉のない会話ができ、お互い駆け引きしつつ、音楽の中だけで全てを理解し合えました。
このエキサイティングな、まさに「音楽」という一瞬の中に、これほどの濃密な幸せという時間を感じたのは久しぶりでした。

それから、もう一度呉さんと向き合って「音楽」をしたいと思い、実現したのが今回のCD「ルーツ」です。僕の中では記念碑的であり、自分の原点、まさにルーツに立ち返り、そしてそこから更なるエネルギーを得る、そんなCDとなりました。

 

この時のピアソラは、もちろん今回のCDにも入っています。編曲と書いていますが、実は呉さんの即興です。全部で3回通しましたが、毎回変化し、その駆け引きは実に面白かったです。その内の1回がCDに収まっています。

これでCDのお話はおしまい。是非皆さま、手にとって聴いて下さい!

 

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10数年振りの共演

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レコーディング風景

レコーディング秘話③

前回は表向きの「ルーツ」について書きましたが、今回はライナーノーツにも載せていない、何故僕がこのプログラムで、しかも古楽ではなくピアノとのレコーディングに臨んだのかを書きたいと思います。

 

このアルバムをこれまでお世話になった方々に謹呈したのですが、古楽科で師事した野々下先生には見破られてしまいました。それは、今回選んだ言語が「日本語」と「スペイン語」であるという事です。

 

日本の西洋音楽受容史は、明治維新から発していますが、それより以前、一度途絶えてしまった流れに、安土桃山時代キリスト教伝来があります。特に九州はその影響が強い地域です。僕は九州は熊本の生まれであり、高校教諭であった若き父が赴任していた天草の崎津には、漁村のど真ん中に石造りの素敵な教会があります。

先日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として、世界遺産への登録勧告があったようで、それを聞いてとても嬉しい思いになりました。

 

一時期は日本の古楽界でも、天正遣欧少年使節をテーマとしたコンサートが相次ぎ、僕もいくつかのアンサンブルで歌いました。スペイン・ポルトガルの文化は、知らないところで九州人に影響を与えており、当時は日本人による演奏もありました。

 

「ルーツ」の中には、言語における東洋と西洋の接点を、密かに表現しました。

 

そして、父が天草にいた頃、我が家には素晴らしいピアニストの呉恵珠さんがよくいらしており、父と三縄みどりさん、小川裕二さんの三人でジョイントリサイタルをしていました。僕も過分に呉さんの音楽の影響を受けたと思っています。そんな呉さんとレコーディングしようと思い至った話はまた次で。

 

つづく…

 

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レコーディング秘話②

この「ルーツ」というタイトルはたくさんの意味を込めました。

 

表向きは、「民族派」による作曲家の作品を集めたアルバムです。貴志康一は日本が西洋音楽を取り入れ、ヨーロッパに追いつけ追い越せとばかりに、猛烈な勢いで吸収していた頃、憧れでもあるベルリンフィルを前に、見事なまでの「日本」を西洋音楽の土台の元に花咲かせました。

 

また、早坂文雄は貧しい家庭の中で、独学に近い環境でピアノに触れ、映画音楽の中に生きる糧を見出しつつも、そこには常に純音楽たる思想を注ぎ込んだ人です。

 

そしてその環境は、どこかピアソラに似ているかも知れません。ピアソラもまた貧しい家庭環境の中、バンドネオンは好きになれないと思いながら生活の糧として演奏し、バッハ等に傾倒しつつも、結局はタンゴの中に自分を見出しました。

 

ファリャ。今回のアルバムの作曲家の中では、クラシックの音楽史に燦然たる名を刻んだ人ですが、その作風にはこれまでの歴史が築き上げてきた音響に対して、民族的要素と、新音響学を基盤として作曲をした人です。早坂文雄は、このファリャの作品を模範とし、研究していました。

 

これが一見バラバラに見える4人の作曲家における共通する部分です。

 

つづく…

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©︎Naoko Nagasawa

レコーディング秘話①

さて、これから数回に分けてこのアルバムのレコーディングに当たっての経緯と、考えていたことを書きたいと思います。

 

そもそも僕のレパートリーは古楽を中心としており、大学院も古楽科を修了しています。これまでの参加CDもそのほとんどが古楽です。

ではなぜこのCD「ルーツ」で貴志康一早坂文雄、ファリャ、ピアソラ、ガルデルを収録することになったか。振り返ってみたいと思います。

 

芸大大学院古楽科の勉強会で、師匠である野々下由香里先生の発案で、珍しく日本歌曲を取り上げた会がありました。これは面白い、せっかくならば古楽的視点から日本歌曲を演奏しようと、平井康三郎の『日本の笛』を取り上げ、西洋音楽を取り入れた邦人作曲家が、日本的な旋律、民謡をどのように扱ったかに焦点を当てて歌いました。

その後、立ち上がったばかりの芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカの第2回公演で、信時潔作曲 交聲曲《海道東征》に出演し、戦後初となる復活公演でバリトンソロを務めさせて頂きました。この時のライブレコーディングがCD化されております。

 

思えばこの頃、自分が歌う作品へのアプローチの根底が形成されたのでしょう。

 

つづく…

 

 

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オーケストラ・ニッポニカ 第2集 https://www.amazon.co.jp/dp/B000L43Q2E/ref=cm_sw_r_cp_api_i_5gC8AbPT7CMS7

ソロアルバムの紹介記事

ソロアルバム「ルーツ」の紹介記事が、月刊ハンナ5月号に掲載されております。 また、創刊5周年記念として豪華プレゼントで「ルーツ」が手に入ります!

5月31日消印有効との事ですので、どうぞお早めに!

 

ハンナ5月号

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http://www.chopin.co.jp/Hanna/

 

ルーツ 

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CDアルバム リリース!

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ルーツ ROOTS

自己の音楽の源流を、多様なレパートリーで歌いあげた新星バリトンとデビュー作。

 

春日保人は東京藝術大学及び大学院を卒業。大学院ではバロック専攻で、その後バッハ、モンテヴェルディシャルパンティエをなど、多くの宗教作品で活動。また、オペラでの活動も目立つなか、現代の邦人作品にもレパートリーを拡充し、徳山美奈子、樹原涼子などの作曲家から作品を献呈され、初演を行っていることも特筆されるでしょう。アルバムの前半、20世紀中期にかけて活動した2人の邦人作曲家では、時代の背景や作品の特質に焦点を置き、それらを誠実に歌い上げることで、夭逝の天才たちへのオマージュとしています。後半のラテンの熱さを秘めた歌声が、想いをひそめたガルデルで閉じられるこのデビュー盤は、秀抜な呉のピアノを得て、このバリトンの「今」を鮮やかに伝えています。

 

【収録情報】
貴志康一:歌曲集
● かごかき
● さくらさくら
● 藝者
● 船頭唄
● 富士山

早坂文雄:春夫の詩に拠る四つの無伴奏の歌
● うぐひす
● 嫁ぎゆく人に
● 孤独
● 漳州橋畔口吟

ピアソラ:バチンの少年

ファリャ:7つのスペイン民謡
● モーロ布地
ムルシア地方のセギディーリア
アストゥリアス地方の歌
● ホタ
● 子守歌
● カンシオン
● ポロ

ガルデル/呉 恵珠 編:想いの届く日

 

春日保人 (バリトン)
呉 恵珠(ピアノ)

録音時期:2017年8月28-31日
録音場所:神奈川県、相模湖交流センター
録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

レーベル : Octavia Exton
発売日 : 2018年03月21日

 

ルーツ https://www.amazon.co.jp/dp/B079VD5TXX/ref=cm_sw_r_cp_api_i_6kZ7AbN2KAFJ2

 

 

プロフィール

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©︎Naoko Nagasawa

 

バリトン:春日保人(Yasuto Kasuga)

  熊本市出身。東京藝術大学声楽科卒業、同大学院古楽科修了。モンテヴェルディオルフェオ》(神奈川県立音楽堂)、《ウリッセの帰還》、モーツァルトフィガロの結婚》、フィリドールの音楽舞踏喜劇《太ったカトスの結婚》(世界初蘇演)の各タイトルロールを演じる。ヘンデルのオペラには定評があり、歌劇《リナルド》(日本初演)アルガンテ役、《アグリッピーナ》クラウディオ役、《アルチーナ》メリッソ役(東京室内歌劇場主催)を演じ、ヘンデル没後250年記念公演《オットーネ》エミレーノ役では「ブリリアントな美声」「深く奥行きのある声」と新聞、音楽誌上で高く評価されるなど、バロック音楽には欠かせない存在として活躍している。また安藤由布樹オペラ《ラビュリントス》ダイダロス役、現代作曲家によるユニット、ヌォヴォ・ヴィルトゥオーゾ主催のオペラ《RAMPO2011》にて明智小五郎役にて出演。

アントネッロとの共演で『目白バ・ロック音楽祭』出演やNHK-BSHiにてダ・ヴィンチ作『受胎告知』の前でダ・ヴィンチ作曲の歌曲などを演奏、CD録音に多数参加する。

イタリアにおいてレッジョ・エミリアポリフォニー音楽祭』に招聘されリサイタルを開催する。2010年上海万博ではベートーヴェン《第九交響曲》のソリストとして上海交響楽団と共演。バッハの各受難曲におけるイエス役やカンタータヘンデルメサイア》、ブラームスフォーレ《レクイエム》、オルフ《カルミナ・ブラーナ》など中世から現代までとそのレパートリーは広く、各分野で高く評価されている。

2013年には安藤由布樹作曲のカンタータ《この灯を永遠に》青年達雄役でニューヨークのアリス・タリー・ホールで演奏。2014年には熊本において信時潔作曲の交声曲《海道東征》公演にて、山田和樹氏率いる横浜シンフォニエッタと共にバリトンソロを務めた。

自らが主宰するアンサンブル「ソナール・カンタンド」において、知られざるバロック時代のスコットランド音楽にスポットをあてた『魅惑のケルティックバロック』が音楽の友誌「コンサート・ベストテン2008」に選出。2010年、2012年とブレーシャ国際古楽音楽祭に招聘されるなど国内外で活躍。

近年は、徳山美奈子や樹原涼子を始めとする作曲家から作品を献呈され初演を行なっており、邦人作曲家の作品も積極的に歌っている。

ヒストリカルフルートを吹き、篠笛など邦楽器も独学にて演奏するなど、声楽の枠を超えて活動し、音楽雑誌への執筆や、舞台のプロデュースなど幅広く活動している。

合唱指導の分野でも活躍をみせ、東京バロック・スコラーズや佐倉混声合唱団、幕張総合高校合唱部など多くの合唱団にアドヴァイザーとして招かれており、後進の指導も精力的に行っている。
日本ヘンデル協会、日本イタリア古楽協会、日本スコットランド協会、日本声楽アカデミー各会員。
聖徳大学短期大学部准教授。

 

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Yasuto Kasuga – Baritono, Flauto traverso

Nato a Kumamoto (Giappone) nel 1977, inizia a studiare il canto con suo padre. Nel 2000 si laurea in canto lirico presso la Tokyo National University of Fine Arts and Music. Studia sotto la guida di Taikai Takahashi e Giannicola Pigliucci, e si perfeziona con Seijiro Hikita e Yasuko Hayashi. Nel 2003 frequenta il master di musica antica. Sotto la guida di Yukari Nonoshita, Peter Kooy, e Gerd Türk. Studia inoltre direzione d’orchestra, nonché flauto traverso barocco. Tra il 1998 ed il 2003 frequenta corsi tenuti da Gianni Raimondi, Cristina Miatello e Monica Piccinini. Nel 2004 ha vinto una borsa di studio di sua città per la prassi esecutiva antica, con Giuseppe Maletto.

Partecipa a produzioni come “Le nozze di Figaro” (Figaro) di Mozart, “Le mariage de la Couture avec la grosse Cathos”(Cathos) di André Philidor, e “L’Orfeo”(Orfeo) di Monteverdi. Svolge attività concertistica e madrigalistica, eseguendo tra gli altri il “Vespro della Beata Vergine” di Monteverdi, l’Oratorio “San Giovanni Battista” di Stradella, “Jephte” di Carissimi, il “Messiah” di Händel, la “Messa in si minore” e alcune cantate di Bach, la Sinfonia No. 9 di Bethoven, Rèquiem di Brahms e Fauré, “Carmina Burana” di Orff, la Cantata “Kaidoutousei” di Nobutoki Kiyoshi. Fonda L’ensemble “Sonar Cantando” nel 2007. Ha invitato da Festival internazionale di musica antica in Brescia “Settimane Barocche di Brescia” nel 2010 e 2012. Ha vinto il Best concert 2008 della rivista musicale <Ongakunotomo>. Nel 2012 si dedica all’insegnamento del canto presso l’Università Seitoku.